医院の診察室、待合室に、博士号の学位記が飾られているのを見たことがある方は多いでしょう。
博士号は一般的に、英語ではDoctor of Philosophy、略してPh.Dと表記されます。
医師のことを「ドクター」と言いますが、これは博士号とは意味が違います。
一部では、医師のことは「メディカルドクター」、博士号取得者のことを「ドクター」と言います。
理工系・医療系の研究者であれば、博士号は基本的に持っていた方がよいとされています。大学に勤務するとなると、博士号がないとこれらの分野では肩身が狭くなります。
この博士号の取り方について解説します。
ここでは、医療系、つまり医学部、歯学部、薬学部、看護学部など、医療系で博士号を取得することを中心に解説します。
理学部、工学部などから研究者を目指す場合、「博士号取ってからが競争のスタート」と言われます。一方で、医療系では似たような面はあるものの、博士号さえ持っていればよい、ということもあります。
目次
博士号の取り方
博士号を取るには、大きく分けて2つの方法があります。
まずは大学院の博士課程に進学して博士号取得を目指すやり方です。博士課程を修了すれば、博士号が授与されます。条件は、所定の単位を取得することと、博士論文の審査に合格することです。
もう一つは、論文博士、つまり研究論文を大学に提出して博士号を取得するものです。大学院に入学せずに取得することが可能です。条件は、博士論文が認められることと、課程博士と同等かそれ以上の学力を持っていることです。
これだけだとちょっとわかりにくいので、具体的に説明していきます。
博士課程で博士号を取る
博士課程までのシステムは、通常は以下のようになります。
4年制学部→修士課程(2年間)→博士課程(3年間)
6年制学部→博士課程(4年間)
博士課程は、3年、4年と設定されていますが、これらの年数を越えて在籍することが珍しくありません。つまり、4年以上、5年以上、修了までにかかってしまうことが珍しくないのです。
その理由は、博士論文審査を申請するまでに関門があるからです。
一般的な大学院では、博士論文の審査までに、査読(審査)によって掲載するかしないかが決定する国際誌への論文発表が求められます。
ほとんどの国際誌は英語論文を掲載するので、博士課程の大学院生は英語で論文を書いてそれを国際誌に投稿して審査を受けます。そして審査に通れば掲載ということになります。
つまり、博士論文の審査を受ける前に、国際レベルでの審査を突破した論文を出すことが求められます。
一般的な大学院ではここを突破しないと、博士論文の審査さえしてもらえないところがほとんどです。
論文博士を狙う
論文博士は、企業などにいる人が博士論文を大学に提出して審査を受けるものですが、やはり国際誌への論文掲載は必要なケースがほとんどです。
国際誌に掲載後、博士論文を書いてから予備審査、本審査ということになりますが、国際誌に掲載の論文は複数本必要なケースが多いです。
大学院の博士課程には在籍していないので、その人の実力が博士課程修了者と同等なのか?というところがポイントになるので、博士号の審査は、課程博士よりも厳しいと考えておいた方がいいでしょう。
ですが、ここ最近、日本ではこの論文博士が制度として無くなるのではないか、博士号を取るルートは、博士課程に在籍して修了するルートに一本化されるのではないか?という話が出ています。
今後は、会社勤務の人が博士課程で研究できるような状況の整備が行われる可能性があります。
博士号にもレベルがある
博士号を取ると、学位記をもらうわけですが、それを見ただけでは博士号のレベルはわかりません。
ただ、学位記には番号が振られており、そこには、甲、乙という文字が見られる学位記がほとんどです。
この甲乙は、甲であれば博士課程で博士号を取得した、乙であれば論文博士で博士号を取得したということを意味します。
甲乙、と書いてあると、レベルにも思えますが、これは全くそういうものではありません。単なる区別の表記です。
では、博士号のレベルはどう判断されるのでしょうか?
理工系、医療系での博士号のレベルについて解説します。
博士論文のベースとなる論文
博士論文のベースとなる論文、多くの場合は国際誌に投稿する論文ですが、このレベルで博士号のレベルが変わります。
論文のレベル、はそのままその人の研究レベルになり、論文のレベルはいくつかの指標があります。
まずは論文が掲載された国際誌のレベルです。これはインパクト・ファクターと呼ばれる指標(IFと略されます)がよく使われます。
インパクト・ファクターとは、その国際誌に掲載された論文の引用回数をもとに出される数値です。
よく知られている国際誌、Nature、Scienceなどは、このIFが非常に高くなります。
分野にもよりますが、10以上のインパクト・ファクターであると、一流紙、IFが10未満、5以上であればまあまあ一流紙、5未満、3以上ならそこそこ、と判断されます。
中には、1未満の国際誌もあります。
ある程度の大学であれば、大学の名前は問題ではない
東京大、京都大などで博士号を取ると、すごいと思われがちです。確かに優秀ではあるのですが、それ以外がダメというわけではありません。
国公立大学の博士課程であれば、ある程度のレベルが保証されている傾向があります。大学名と、先に述べた国際誌のレベルを合わせて判断することが多いです。
私立大学の理工系、医療系であると、やや評価が分かれるところです。東京理科大、慶応大、早稲田大学、関西学院大学あたりであれば、それほど低く見られることはありません。
ただし、後で述べますが、世界で勝負しようとするならば、大学にはあまりこだわらず、研究テーマで決めた方がよいと思います。
とはいえ、よい研究テーマは名前が通ったよい大学の教員が持っているテーマの中に多い、という事も事実です。
ともあれ、大学にこだわるのも良いかと思いますが、大学名よりも、先の述べた論文を掲載した国際誌のレベルが重視される傾向があります。
また、その分野の研究者であれば、博士論文のタイトルと要旨を読めば、ある程度のレベルは把握できます。
目的に沿った博士号取得
博士号取得を目指す理由は何か。これによって博士号の取り方も変わってきます。
博士号をその後の人生でどう使うか?を考えて、それに適した取得方法を選ぶのが効率よく学位を取るコツです。
世界で活躍できる研究者になりたい
世界で活躍する、つまり研究業績が世界で認められている研究者は、日本には以外とたくさんいます。
ノーベル賞などを取った人以外でも、高い評価を得ている研究者は各大学にいます。
こういった研究者を目指すなら、まずは博士を取るための研究のレベルを高いものにする必要があります。
とはいえ、研究テーマを見ただけでそれの判別は学生には難しいことです。ですので、まずは博士を取るための指導教員を慎重に選びましょう。
目安としては、論文検索サイトでその教員がどのくらい英語の論文を書いているか?を調べます。
日本語の論文ばかりを書いている教員の下で研究しても、なかなか世界には羽ばたけません。
次に、その教員が海外で研究経験があるかどうかを調べましょう。
半年、1年の短期ではなく、数年にわたって海外の研究機関で研究した経験があるか、そしてそこに在籍中に論文を発表しているのか?を調べます。
そして、適した教員を見つけたら、自分がどうしたいのかをはっきり伝えましょう。それに適した研究テーマを設定してくれるはずです。
そのような教員に出会えれば、大学名はあまり問題にはなりません。上手く研究が進めば、あなたが発表した論文が名刺代わりとなり、大学についてとやかく言う人は、日本人の一部ぐらいです。
レベルは問わないが、研究者になりたい
世界に羽ばたけるかどうかは問題ではない、とにかく研究者になりたいという人も結局は世界に羽ばたくための博士号取得と同じ方法で博士取得を目指した方が、後の人生がやりやすくなります。
昨今の私立大学では、博士課程をもつ所が多いのですが、そこで博士号を取っても、自分の出身大学以外ではなかなか雇用してもらえません。
それは、多くの私立大学の研究レベルが低いところが多いことが原因です。
つまり、そういう大学で博士号を取ると、自分の大学で雇用してもらう以外に研究者の道がないということになります。
特に医療系の私立大学では、私立出身の教員であれば、早慶、東京理科、日大医学部、順天堂大医学部レベル出身で、そこで博士号を取った教員の下で研究しましょう。
もしそういった教員がいなかった場合は、迷わずに国公立出身の教員についた方が無難です。
○○医科大学の出身で、同じ大学の教員になっている人は、「そこの大学出なければ相手にしてもらえないので、コネでそこに就職した」という人が少なくありません。
研究者として生き残りたいのであれば、ある程度の研究レベルは必要です。まずは、教員の研究レベルを調べ、少しでも高いレベルの研究をしましょう。
博士さえ取れればよい
診察室に博士号の学位記を掲げるだけなので、できれば楽をして博士号を取りたい。これからは博士号を持っていないと大変だから、ハクツケのために取りたい。
やや不純な動機ですが、そういった人がいたとしてもおかしくはありません。
こういう方でも、まずは研究レベルの高い教員にアプローチしましょう。
高いレベルの研究からのおこぼれ的な研究で、意外と楽に博士号が取れます。
ただし、その教員がそういうことを認めない場合もありますから注意です。
もし、OKが出たら、サボらずにほんのちょっとだけ頑張ってみましょう。それだけで博士号の学位は何とかなります。
自分は高いレベルを求めないから、で、レベルの低い教員につくと、逆に苦労します。
レベルの高い教員であれば、ハクツケ博士を取らせることはそれほど難しくありません。が、レベルの低い教員であると、それさえも教員にとって大仕事になります。
最近では、博士号も多様化し、かなりの割合の教員が、本気博士もハクツケ博士もどちらでも対応するようになってきています。
まとめ
博士号取得の流れは、いろんな流れがあります。海外では、公務員などに博士号取得者が割と多くいます。
日本では、大学にいると半人前、世間知らずなどという価値観から、なかなか博士号を取得する人が増えてないのですが、これからはもしかすると博士号を持っていると有利な時代が来るかもしれません。
実際、医師の世界では博士号は重要ですし、6年制になった薬学部でも、博士号を取る流れができつつあります。
理工系では、ここ数年で博士号取得者の企業への就職状況が好転しているという統計もあります。
ただ、論文博士を減らし、課程博士を増やす、つまり博士課程を博士号取得の主な道筋にしようという動きは、これから大きくなってくるでしょう。
となると、大学でも、企業に勤務しながら博士課程に在籍するケースを認めることが増えてくることが考えられます。
実際に、一部の大学ではそういう大学院生を受け入れているところもあります。
まずは大学に問い合わせ、と言いたいところですが、大学の事務、上層部は柔軟性に乏しい面があります。
できれば、その大学の教員個人にコンタクトを取ってみましょう。教授でなくともかまいません。准教授、助教の中で高いレベルを持っている人は少なからず今の日本にはいます。
話さえ通れば、彼らが上層部に根回しし、あなたのやりやすい環境を整えてくれます。
博士号取得は大学院であり、大学院の中身に関しては、博士号の水準が一定以上であればある程度の大学の自由が認められています。
学部などには文部科学省の指導がやたらと入ったりしますが、大学院教育にはあまり介入してきません。
文部科学省の官僚の多くが文系であり、学部卒であることが原因かと予想されます。
また、文部科学省が諮問する機関の構成員は、多くが大学の教員のため、自分たちの自由を奪うような答申はほとんどしない傾向にあります。
その結果、現在でも大学院は割と自由に、融通が利く場所になっています。
ちょっと大変かもしれませんが、一度博士号取得を考えてみてもよいのではないでしょうか。