プラトンの思想を効率よく学ぶために、まず読むべき5つの著書をご紹介

古代哲学の巨人・プラトン。学問の黎明期の紀元前に生まれた人でありながら、完成された思想をもち、哲学のみならず古代ギリシャ文明を代表するといえる偉人です。

彼の思想が現代まで続く哲学の歴史に及ぼした影響ははかりしれません。

プラトンの大ファンである20世紀の思想家ホワイトヘッドは、「近現代の哲学はすべてプラトンが築いたものの注釈(オマケのようなもの)」とまでいっています。そんな熱烈ファンまで現れるほど、プラトンの思想は魅力的です。

哲学を学ぶうえで絶対に外せない存在ですが、いざ読もうとして戸惑う方も多いのではないでしょうか。なにしろ、プラトンの著作は古代の人とは思えないほどたくさんあります。

しかもそのほとんどは登場人物の名前がタイトルになっており、内容がまったくわかりません。サブタイトルに「魂について」「正義について」など内容が垣間見える文字が入っていることはありますが、なんだか大ざっぱすぎてやっぱりよくわかりません。

そこで、ここでは初心者からステップアップするのにおすすめの、プラトンの代表作をチョイスしました。これを読めばプラトンの思想を大づかみに理解できる、ポイント的な著書をご紹介します。

これさえ読んでおけば、基礎固めはOK。古代ギリシャの知的世界を楽しんでみましょう。

【初級】初めて読む方へのおすすめ著書

まず最初に読むなら「ソクラテスの弁明」。これはソクラテスが法廷で行った弁論の再現という設定なので、ほぼ全編がソクラテスの一人称です。

プラトンの著作はほとんどが戯曲の形になっているので、登場人物が多い場合途中で話者を見失ったりしてしまいがちですが、これなら混乱することなく読み進められます。

次におすすめしたいのが「饗宴(シンポシオン)」です。こちらはプラトンの代表作の1つ。ドラマとしての完成度は、プラトンの作品の中でも抜群です。登場人物は多いのですが、1人1人が独立してしゃべっている場面が多いので、じっくり読めばそれほど混乱はしません。

最初はまず、古代ギリシャらしい戯曲という形式に慣れることが大事です。思想よりも雰囲気を大事に、楽しく読み進むことを目標にしましょう。

ソクラテスの弁明

前述のとおり、プラトンの作品はほとんどが戯曲の形で書かれています。そのほぼすべてで主役を務めているのが、ソクラテスです。

ソクラテスはプラトンの師匠です。お金をとって哲学を教えたわけではありませんが、学ぶ気がある者なら誰とでも知識を分け与えるソクラテス派、当時多くの若者から師と慕われていました。

自称弟子がたくさんいたわけです(彼らはのちに自分の学派を開いて「小ソクラテス派」と呼ばれるようになりますが、それはずっと後の話です)。

知恵とユーモアでアテナイ(現在のアテネ)の市民たちの人気を集めていたソクラテスが、それをねたんだ一部の政治家に告訴されたのは、紀元前399年のことと伝えられています。

罪状は涜神罪、それにアテナイの若者を惑わし、誤った道に進ませた罪でした。古代ギリシャには訴訟というシステムはありましたが、弁護士という考え方はありませんでした。

法廷では、被告自身が自分の弁護をすることになります。そこでソクラテスは、裁判の席でみずからの弁護陳述を行いました。

そのとき、プラトンは仲間とともに傍聴席でソクラテスの弁明を聞いていました。のちにその内容を思い返して記述したものが「ソクラテスの弁明」です。ここでは「ただ生きるのではなく善く生きる」というソクラテスの教えが主軸になっています。

以降のプラトンの倫理観を決定した重要な著書です。表現は決して難しくないので、じっくり読みましょう。結局ソクラテスは死刑の判決を受けるのですが、その刑死の様子は「パイドン」という別の作品で感動的に描かれています。

なお、「ソクラテスの弁明」という作品は、プラトンのほかにやはりソクラテスの弟子であるクセノフォンも書いています。

同じ題材であるにもかかわらず、両者の内容には若干の違いがあり、プラトンが師の教えを強調しようとするあまり話を盛った可能性が指摘されています。

プラトンの「弁明」を読み終えたあと、クセノフォンの弁明と読み比べてみるのもよいでしょう。

饗宴

サブタイトルは「恋について」。恋の道を主題にした、テーマも設定も軽やかな名作です。

書かれたのはおそらくプラトン40代ごろといわれています。円熟期を迎えたころの作品で、プラトン独自の思想がわかりやすく示されています。文学の楽しみと深遠な思想とのバランスが見事にとれた、とても読みやすい作品で、入り口としておすすめです。

物語の舞台は、アテナイのアガトン邸。アガトンは実在の悲劇作家です。彼が書いた悲劇がコンテストで優勝したので自宅で祝宴が開催され、そこにソクラテスが訪ねてくる、というのが「饗宴」のストーリー。

宴会のメンバーは前日から痛飲しているので、酒はもういい、面白い余興でもして過ごそうじゃないか、という話になりました。そこで提案されたのが「エロス神への賛美」。エロスは恋愛を司る神です。

この提案は、いずれも我こそは恋愛の達人と自認する面々に大喜びで受け入れられ、彼らは1人ずつエロス賛美の演説をすることになりました。プラトンは、この愉快な設定で多角的な恋愛論を語っています。

宴会に集まった面々は、悲劇作家のアガトンをはじめ医師、弁論家、喜劇作家など多彩。彼らがそれぞれの立場を活かして語るエロス賛美は、いずれも面白く読み応え十分です。

しかし、この物語の主役は、なんといっても最後に演説をしたソクラテスでしょう。エロスを最高のものとするソクラテスの演説は、論理性からいっても面白さからいっても、まさに圧巻です。

プラトンは、この演説に託して自らの思想「イデア論」を語っています。とはいえ、初めて読む方にはその思想よりも物語の面白さを堪能することをおすすめします。

古代ギリシャ世界はわたしたちの社会とはモラルも習慣もまったく違います。たとえば、男性同士の同性愛は素晴らしいことと考えられ、少年愛が推奨されていました。

プラトンの著書に現れるソクラテスは、美少年が大好き。妻子がありながら公然と美少年に言い寄るソクラテスに、ギリシャ文化に慣れないわたしたちはびっくりしてしまいます。

そんないろんな意味で自由な雰囲気に慣れるには、「饗宴」はうってつけ。古代ギリシャの風俗文化がいきいきと記された本書で、まずは戯曲という形態に慣れましょう。

中級以降へ進み、イデア論を理解してから「饗宴」に戻ってくるとまた違った読み方ができます。

【中級】問答法とイデア論を理解

前項でご紹介した「ソクラテスの弁明」と「饗宴」は、いずれも演説の形で話が進んでいました。

初心者の方が読むには、話者がくるくると変わる対話篇よりも演説形式のほうがわかりやすいからです。

でも、本来のプラトンの魅力は対話篇。入り口として、対話篇の中でもテーマが軽くて読みやすい「リュシス」がおすすめです。古代ギリシャの雰囲気と戯曲という形式に慣れてきたら、少しステップアップしてプラトンの思想がよりはっきりした形で表れた名著に挑戦してみましょう。

プラトンの思想といえば、まずはイデア論です。イデア論はこの世のすべてのものの中に「目に見える部分」と、それを超えた「普遍的な本質(イデア)」とがあるという説です。

より近代的にいうと、二元論ということになります。プラトンのイデア論は、哲学史上初めて登場した二元論です。理論的に整備された二元論はほかに類がなく、同じ古代ギリシャの哲学者だけでなく後世の多くの哲学者にも影響を与えました。

このイデア論を示した作品のひとつとして、まず「パイドン」を読むことをおすすめします。

リュシス

会話のキャッチボールで真実を突き詰めていく「問答法」は、ソクラテスの(ということはプラトンの)代名詞ともいえるもの。

自身が語るのではなく、対話者のうちにある真実を引き出すという意味で「産婆術」ともいわれます。本作はプラトンの作品の中でも初期のものです。

そのためでしょうか、複雑な論理や難解な言葉もなく、テーマも友情や愛といった若々しいものです。

楽しい雰囲気の中で語られる導入部も遊び心いっぱいです。物語は、ソクラテスが自身の体験を語る形式で始まります。

あるときソクラテスが街を歩いていると、知り合いの青年たちがたむろしているのに出会います。彼らと話しているうちに、その中のひとりヒッポタレスが美少年リュシスに片思いをしていると知ったソクラテス。

さっそく、恋に不器用なヒッポタレスのために一肌脱ごうと決めます。「美少年というものは、ほめそやすとつけあがるものだ。

まずは議論で打ち負かしてこちらに尊敬の目を向けさせるのが大事だよ」そういってソクラテスは、ヒッポタレスに手本を見せるべく、リュシスに議論を挑みに行くのでした。

こんな設定で語られるので、「リュシス」は全編に明るさが満ちています。自分の正しさを示そうとする深刻なディベートではなく、会話を楽しむことを目的にしているので、途中途中で中休み的な情景描写も入って楽に読み進めることができます。

「リュシス」をおすすめする理由のひとつは、対話の相手が少年だということです。年少者が相手なので、ほかの哲学者同士の対話篇と違ってソクラテスの言葉は平易でわかりやすく、じっくり読めば必ずわかる明快さをもっています。

相手に「愛とは何か?」「友情とは何か?」と問いながら、よく知っている言葉でも実は本質的な理解ができていないとわからせるのが、典型的な問答法のパターン。

「リュシス」でも、その形で物語が進んでいきます。平易でありながらもしっかり問答法の形式をおさえた本書は、問答法の形式を知るには最適の1冊です。この対話篇は、実は途中で終わっています。

オチは、リュシスの家の召使が現れて問答の途中だというのに「夕食に遅れますよ」と少年を引っ張って帰ってしまう、というもの。軽めの対話篇にふさわしいユーモラスな結末ですが、議論のほうは結論がでないまま終わってしまいます。

もしかしたら、この先は各自で考えるように、というプラトンのメッセージがこめられているのかもしれませんね。

パイドン
楽しい雰囲気のリュシスとはうってかわって、次におすすめする「パイドン」の背景は痛切です。この物語の設定はソクラテスが刑死する当日。

ソクラテスと弟子たちが別れを惜しむ、この場面を描いたジャック・ルイ・ダヴィットの名画をご存じの方も多いと思います。「パイドン」は「ソクラテスの弁明」の後日譚に当たります。

プラトンは師の刑死という人生を変えた悲劇に際して、3つの作品を書き残しました。

裁判の場面を描いた「ソクラテスの弁明」、死刑前夜に幼馴染のクリトンが脱獄をすすめにくる「クリトン」、そしてこの「パイドン」です。

死刑執行の当日、ソクラテスのいる独房に集まった弟子たちは、嘆きながらも、ソクラテスに導かれていつものように議論を始めます。討論のテーマは自然に「生と死」になり、そして「魂」へと移っていきます。

ソクラテスは議論を通して、魂はもともと不死のものなのだから、いま目の前にある死を恐れるのは無意味であると弟子たちに納得させ、心穏やかに死出の旅路につくのでした。

本書の完成度は非常に高く、ソクラテスが処刑に臨んでも自らの意志を変えず堂々と毒杯をあおぐシーンは、哲学のみならず文学においても名場面に数えられています。

こういった性質をもつので、ソクラテスの姿を通して理想的な道徳の普遍性を説いた作品ともとることができますが、もうひとつ本書に重要な意味を与えているのがイデア論の発現です。

ソクラテスが魂の不死性を説く場面で出てくるのが「ものそのもの」という言葉です。たとえば目に見える具体的な美しさではなく「美そのもの」、つまり近代以降の言葉でいえば美しいという観念についての理論がここで語られているのです。

そして、イデアの存在を証明するのが想起説です。前項で、ソクラテスの産婆術に少し触れました。

どうして知らないはずのものを相手から引き出せるか、それは誰しもが心の中に生まれつき知識をもっていて、それを今は忘れてしまっているからです。「学ぶことはすなわち思い出すこと」とソクラテスはいっています。

これが想起法であり、「なぜ生まれつき知識をもっているのか→それは前世で知識を得ていたから」と魂の不死性の根拠にもされています。イデア論と想起説は、プラトンを読むうえで絶対に外せない重要ポイント。

本書はここまでにご紹介した著書に比べると難易度は高めですが、ひとつひとつしっかり理解しながら確実に進んでいきましょう。

2つの重要な思想が語られる「パイドン」をしっかり理解できたかどうかで、プラトンのほかの著作の難易度も変わってきます。

【上級】二大長編に挑戦

ここまでで、だいぶプラトンのスタイルと思想に慣れてきました。

それはつまり、プラトンの長編「国家」と「ゴルギアス」に挑戦する準備ができたということです。「ゴルギアス」には当時弁論家と呼ばれていた職業的なロジカリストへの反発が表れています。

民衆を正しい方向へ教化することなく、一時的な利益へとあやつる弁論術は、ソクラテスがもっとも嫌うものでした。その考えはプラトンにも受け継がれています。

いっぽう「国家」には、現今の政治に否定的な感情をもっていたプラトンの、理想と考える国家の姿が描かれています。

プラトンの思想の集大成ともいうべきものです。どちらもかなりの大作なので、慌てずに腰をすえて読んでいきましょう。

ゴルギアス

ソクラテス裁判からもわかるように、古代のアテナイは訴訟王国でした。専任の弁護士という考え方はありませんでしたが、それにもっとも近い存在だったのがソフィストです。

ソフィストは弁論家または弁術家ともいわれ、論争で相手を打ち負かすための技術を教えるのを仕事にしていました。

つまり実践的なロジカリストといえます。「口先だけで白を黒ともいいくるめる」この手のソフィストのやり方を、ソクラテスは日頃から疑問視していました。

本書のタイトルにもなっているゴルギアスは、実在のソフィストです。ソクラテスの相手役として登場するのは、その当時すでに著名人だった弁論家ゴルギアスのほか、彼の弟子ポロス、それにゴルギアスのアテナイでの滞在先の主人カリクレスの3人。

このソフィストたちに対し、ソクラテスと友人カイレポンが論争を挑みます。次々と論争相手を看破していくソクラテスの姿は、まるで次々と出てくる敵をヒーローがなぎ倒すアクション映画を見ているかのよう。

「ソクラテス3番勝負」とでもいうところでしょうか。話者が頻繁に変わるので、読む側としては気を付けなければいけないところなのですが、その次々と変化するバラエティ豊かな論調にこそ、スリリングな面白さがあるのです。

といっても、本書の重要性は「面白さ」だけにあるのではありません。「ゴルギアス」のサブタイトルは「弁論術および正義の意味について」。

正義とはいえないものを正義といいくるめる弁論術を否定することで、真の正義とは何なのかを問う傑作なのです。モラルよりも利益が優先されてしまう民主主義社会を鋭くとらえ、問題提起をこころみた1冊ともいえます。

数千年の時を経ていながら、決して古びることがないのもプラトンの魅力。本書も、現代の世相にも応用のきく稀有な作品なのです。

国家

プラトンの代表作といえば、真っ先に挙げられるのがこの「国家」です。

プラトン研究にはマストの1冊ですが、ボリュームも難易度も相当なもの。初学者がいきなり読んだら挫折すること間違いなしです。

前述した比較的わかりやすい著書でしっかり基礎固めをして、いよいよこの大作にぶつかってみましょう。

「人間は物そのものを見ているのではなく、壁に映った物の影を見て物そのものだと思い込んでいる」という洞窟の比喩、「為政者は哲学を理解した人物であるべき」という哲人王の思想など、プラトンの代名詞というべき数々の言葉がここで表れてきます。

「国家」は、プラトンの著書からおすすめを1冊といわれたときに、ほとんどの専門家が選ぶ名著。言い換えれば本書を読むことは、プラトンそのものを学ぶということです。

じっくり読んでしっかり理解しましょう。余談ですが、本書でソクラテスの対話相手として登場するグラウコン、アデイマントスは実はプラトンの兄です。

プラトンが自分も含めた身内について言及するのは、とても珍しいこと。そういった意味でも読みどころの多い名著です。

まとめ

プラトンの著作の中から、これさえ読めばという著書をご紹介しました。プラトンの思想をよくあらわした傑作ばかりです。

ここでしっかりプラトンの基礎を学んだら、ほかの対話篇にもぜひ挑戦してみてください。

不思議な世界観を語った「ティマイオス」、イデア論に対する反論があえて示された「パルメニデス」なども面白い作品です。

奥深く精妙なプラトンの作品世界への足がかりとして、本稿が少しでもお役にたてれば幸いです。

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