愛くるしくミステリアスな魅力で私たちを魅了する猫。
そんな猫はミステリとの相性がよく、猫が登場するミステリ小説は洋の東西を問わずたくさん書かれています。
本格派の謎解きものからユーモアたっぷりのコージー・ミステリまで、どんな雰囲気の小説にも猫はよく似合います。
ここでは、可愛い猫が探偵役を務める「猫探偵もの」を中心に、魅力あふれる猫ミステリを集めてみました。
可愛くて賢くて、時にはちょっと気まぐれな探偵ぶりに、猫好きさんならメロメロになること間違いなし!
楽しく読めて癒される猫ミステリの世界、ぜひご堪能ください。
目次
飼い主を助ける猫探偵たち
そもそも自由気ままな猫たち。せっせと働く姿は似合いません。
そんな彼らがなぜ探偵という「仕事」をするようになったのかといえば、それには理由があります。
その理由とは、ダメダメな飼い主たちを助けること!
無関心に見えて、なんともいじらしいのです。
そんな可愛い猫探偵が登場する、楽しい小説をご覧ください。
三毛猫ホームズシリーズ(赤川次郎)
ダメな飼い主と賢い猫の名コンビを描いた小説はたくさんありますが、まず挙げたいのが赤川次郎の「三毛猫ホームズ」シリーズです。
主人公の片山義太郎は、警視庁捜査一課の刑事でありながら、女性と高いところが苦手で血を見るのが大嫌いという刑事にまったく向かない性格。
そんな彼を助けて事件解決へ導くのが、三毛猫のホームズです。
赤川次郎らしいテンポよく進むリーダビリティで、子どもから大人まで幅広い年代に愛される名シリーズです。
累計50作を超えるロングセラーなので、どこから読むか迷ってしまうかもしれませんが、オススメはなんといっても第一作「三毛猫ホームズの推理」。
シリーズキャラクターたちの初登場場面、片山とホームズの出会い、伝説の大トリックなど、読みどころの多い名作です。
初版は1978年ですが、バランスのとれた読みやすい語り口で古さをまったく感じさせません。
初読の方は、読みやすい短編集から入るのもオススメです。
ポリス猫DCの事件簿(若竹七海)
若竹七海の読者ならおなじみの、神奈川県に位置する架空の町・葉崎市。
その葉崎市の西、太平洋に浮かぶ「猫島」が物語の舞台です。
人間より猫の数の方が多い猫島は、漁業と観光が主な産業というのどかな島。
猫神さまを祀った猫島神社を中心に、人と猫が仲良く暮らしています。
ところが、そんな猫島の住人はなぜかキャラの濃すぎる変な人ばかり。
島に1人しかいない警察官、七瀬晃は大小の珍事件に連日振り回される羽目になってしまいます。
殺人事件の捜査から猿の捕獲まで、さまざまなトラブルに対応する彼の相棒は、派出所に住み着いた猫・通称ポリス猫のDCです。
猫らしくマイペースに七瀬を助け、隠された手がかりを発見して事件解決に貢献するDCの活躍が、本書で面白おかしく描かれています。
ミステリとしての完成度ももちろん魅力ですが、このストーリーをより魅力的にしているのは強烈な個性をもつ登場人物たちです。
猫を溺愛するあまり、どんな猫にもドレスを着せようとする「猫迷惑」なマダム、猫アレルギーのためガスマスク姿で島にやってくる警部補など、おかしな行動に走る登場人物たちの姿には、思わず吹き出してしまいます。
しかも人間だけではなく、猫も多彩。主役のDCをはじめ、おっとりしたペルシャ猫や愛想の悪い老雄猫のツナキチ、マン島の女王と呼ばれながら実は巨体で目つきが悪いヴィクトリアなど、人間顔負けの個性派たちが物語に華を添えてくれます。
コミカルな描写ながら、本格テイストもたっぷり。どんな方でも楽しめる、おトクな一冊です。
アメリカの猫探偵たち
海外の猫たちも負けてはいません。
古典シリーズから最新のコージー・ミステリまで、おしゃれで可愛い猫探偵が大活躍しています。
その中でも、とくにアメリカ発のミステリに的を絞って楽しい作品をセレクトしてみました。
猫好きの行動は万国共通ですが、アメリカの小説ではとくに猫に対する愛情表現が激しいような……と思うのは私だけでしょうか?
ぜひ読んで、お国柄の違いを実感してみてください。
また、見慣れた日本の町とは違う外国の風景を体感できるのも、海外ミステリの楽しみのひとつ。
華やかな大都市からアメリカの田舎まで、いろいろな生活を垣間見ることができます。
シャム猫ココシリーズ(リリアン・J・ブラウン)
猫好き、海外ミステリ好きなら絶対はずせないのがこの「シャム猫ココ」シリーズ。
ちょっとヘタレな新聞記者ジェイムズ・クィラランとその飼い猫、美しい雄のシャム猫ココのコンビが、難事件を解決します。
猫探偵の嚆矢ともいえる古典の名作です。
ココがスクラブル(文字のコマを集めて単語を作るゲーム)のコマやタイプライターを利用して手がかりを告げる場面は、魔法のような不思議な雰囲気を醸し出していてとてもスリリング。
シリーズ途中からは可愛らしい雌のシャム猫ヤムヤムもメンバーに加わり、ますますパワーアップしました。
このシリーズの魅力は、なんといっても的確な描写力。ココとヤムヤムの小さな仕草までしっかりとらえたマニアックな描写が、猫好きにはたまりません。
海外ミステリをあまり読まない方にも、ぜひ挑戦していただきたい珠玉の猫ミステリです。
トラ猫ミセス・マーフィシリーズ(リタ・メイ・ブラウン&スニーキー・パイ・ブラウン)
のどかな田舎町の女性郵便局長・ハリーことメアリー・マイナー・ハリスティーンと、彼女のもとで暮らす飼い猫のミセス・マーフィー、ウェルシュコーギー犬のティー・タッカーが活躍するコージー・ミステリのシリーズです。
猫同士のコネクションと嗅覚(文字通りの意味です)を武器にして犯人に迫るミセス・マーフィーの姿が、臨場感たっぷりに描かれています。
それもそのはず、この本は実は猫の手によって書かれたものなのですから(!?)。
共著者として挙げられている「スニーキー・パイ」は、モデルとなった著者の愛猫の名前。
冒頭にはスニーキー・パイによる著者の前書きがあり、著者紹介欄にも本著者リタ・メイ・ブラウンと並んで彼女の略歴が記されるという凝りようで、実際に猫が書いた小説という体裁になっています。
こんな遊び心たっぷりの演出、見ているだけで楽しくなってきませんか?
書店猫ハムレットの跳躍(アリ・ブランドン)
容易に人に懐かないワイルドな猫に魅力を感じる方なら、この一冊はいかがでしょう。
ニューヨークの下町ブルックリン、その一角に店を構える「ペティストーンズ・ファイン・ブックス」。
そこには看板猫の雄の黒猫ハムレットが住んでいます。
看板猫といっても、愛想をふりまくつもりは彼にはありません。
気まぐれに姿を消したり、邪魔な場所から頑として動かなかったり。
気にいらない客には容赦なく威嚇する、なんとも扱いにくいひねくれ猫なのです。
そんなハムレットの飼い主、書店オーナーのダーラは、たまたま常連客の死体の第一発見者になったことから一連の事件に巻き込まれてしまうことに……。
次々とトラブルに見舞われるダーラを助けてくれたのは、事件を担当するリース刑事、近所に住む私立探偵のジェイク、それにハムレットでした。
神出鬼没のハムレットと主人公とのつかず離れずの距離感が、とても快適なコージー・ミステリです。
無関心なふりをしてしっかり飼い主を守ってくれるハムレットのツンデレぶりに、女性なら思わずときめいてしまうかも?
猫世界の名探偵
猫探偵ものは、人間の目から見た猫の活躍を描く作品だけではありません。
猫を主人公にして猫目線から猫社会を語る、まさに猫になりきったファンタジックな作品もあります。
猫なりきりミステリはいわゆる「擬人化」の世界。
猫らしさを強調しながらも、ストーリーとしては人間が共感できる部分もないと面白くなりません。
人間の解釈を加えた猫の社会を、どこまで自然に見せられるかが作家の腕の見せ所です。
「猫っぽさ」と「人間っぽさ」のバランスが絶妙な2冊をご紹介します。
猫探偵正太郎シリーズ(柴田よしき)
「俺の名前は正太郎。同居人はミステリ作家の桜川ひとみ。」
猫目線の一人称で語られる、柴田よしきの「猫探偵正太郎」シリーズも猫好きの方にぜひオススメしたい名シリーズです。
本格派を唸らせる傑作シリーズの中から、第一作「ゆきの山荘の惨劇」をご紹介しましょう。
飼い主の桜川ひとみ、彼女に首ったけの編集者糸山とともに、作家仲間の結婚式に招かれた正太郎。
ところが、山道を一時間歩いてやっとたどりついた会場の山荘には、何やらあやしい空気がただよっていました。
新郎に届いた謎の脅迫状、突然の土砂崩れ。
そしてついに殺人事件が!
人間たちが繰り広げる推理の応酬を見守る正太郎ですが、実は彼だけが知っている、ある真実が事件のカギを握っていたのです……。
関西弁のチャウチャウ犬・サスケと愛くるしいシャム猫のトマシーナといった仲間たちも登場、人間に負けず劣らずのウィットをそなえた動物たちの楽しい会話がストーリーを盛り上げます。
軽妙なタッチと驚きのトリック、そしてちょっとほろ苦いエピローグが忘れがたい印象を残す一冊です。
正太郎が忌憚なく述べるユニークな意見は、猫から人への大切なメッセージ。
著者の愛情が伝わってくるようで、読後は心があたたかくなります。
猫探偵カルーソー(クリスティアーネ・マルティーニ )
舞台は水の都・ヴェネツィア。
町に住む猫たちの間で話題になっているのは、近頃巷をにぎわしている連続殺人事件のことです。
このままではヴェネツィアは治安の悪い都市と噂になり、観光産業によくない影響が出るのは必至。
レストランで観光客の気前のいいおすそわけに預かっていた猫たちにとっても、重大な問題です。
町の平和のため、猫たちは進んで捜査に乗り出すのでした。
数ある猫探偵ものの中でもちょっと変わった設定で始まるこの物語は、猫たちが飼い主のためではなく、自分たちの利益のために自主的に捜査活動を始めるのが面白いところ。
猫ならではの機動性を活かし、人間には入れない狭いところや隠れたところ、高いところまで綿密な調査を進めて真相に迫ります。
主人公カルーソーの颯爽とした活躍ぶり、警察官を飼い主にもつ情報通の美猫ヒロイン・カミッラなどバラエティ豊かな登場人(猫?)物も読みどころです。
番外編
主人公となって謎を解かなくても、猫はその場にいるだけで十分魅力的。
そんな思いが伝わるような「名脇役」猫たちをご紹介します。
どの作品も、作者の思いが伝わるような猫愛にあふれたものばかり。
冒頭から後書きまで、猫への愛情がたっぷり堪能できます。
ペルシャ猫の謎(有栖川有栖)
新本格の旗手・有栖川有栖も、猫派で有名な作家です。
その猫愛がもっともよく表れている作品として、この一冊を選びました。
本書は、臨床犯罪学者火村英生と推理小説家有栖川有栖の2人が活躍する人気シリーズ「国名シリーズ」の5冊目にあたります。
著者らしいツイストの効いたトリックを集め、シリーズ最高傑作との声もある名短編集ですが、猫が登場するのは表題作の「ペルシャ猫の謎」。
別れた恋人が置いていったペルシャ猫がカギになるストーリーです。
殺されかけたというのに、事情聴取の最中に猫の話になると思わず止まらなくなる被害者が猫好きの共感を誘います。
ミステリ史上の禁じ手といわれる真相もさることながら、随所に見える猫描写も秀逸です。
本書巻末に収録された小品「猫と雨と助教授と」も遠慮なく著者の猫愛が爆発する逸品です。ミステリではありませんが、猫描写を楽しむには最適です。
後書きでは作者自ら「火村より猫がうまく書けているかどうか心配」といってしまう猫マニアぶり。
猫好きなら絶対見逃せません!
大富豪のペルシャ猫(ローレンス・サンダーズ)
猫がカギとなるストーリーでは、さまざまな形で猫が登場します。
そのバリエーションのひとつに、猫の誘拐事件があります。
そこで、代表作として猫誘拐事件をコミカルに描いた本書をご紹介しましょう。
猫嫌いの調査員が猫の誘拐事件を調査する羽目になる、愉快な一冊です。
主人公のアーチイ・マクナリーは父親の弁護士事務所で働く調査員。
そんな彼のもとに、大富豪ハリーから誘拐された猫を探してほしいと依頼がきます。
本来猫嫌いのマクナリーですが大口顧客からの依頼を断ることができず、仕方なく美猫だけれど性格が悪い雌のペルシャ猫ピーチズの行方を追いかけることになります。
人間嫌いの猫と猫嫌いの人間の攻防は、果たしてどんな結果になるのでしょうか?
非情な商法で巨万の富を築いたこわもての大富豪ハリーが、愛猫にメロメロになっている姿がなんともユーモラス。
スマートでイケメンのはずの主人公が猫に振り回される姿も、一見の価値ありです。
悪魔の圏内(森村誠一)
森村誠一といえば、社会派で硬いイメージがあるかもしれません。
でも実は、エッセイ「ねこの証明」(タイトルはもちろん、あの名作「人間の証明」のパロディ)を出してしまうほどの大の愛猫家。
猫好きの方にぜひ読んでいただきたい作家のひとりです。
そんな森村誠一の作品の中から、ここでは「悪魔の圏内」をチョイスしました。
行方不明になったチンチラ猫を軸に、連続して起きる複数の事件を描いた本格派の推理小説です。
別々に起きた事件が猫を介してつながっていく面白さは、まさにミステリの醍醐味。
随所にみられる猫への愛情、猫好きの心をわしづかみにするエピローグまで、硬質な文章の中に作者の猫愛がさりげなくもたっぷりと詰まっています。
猫好きの方にも本格好きの方にも自信をもってオススメできる一冊です。
猫ミステリの魅力
可愛くて楽しい猫ミステリをご紹介してきましたが、いかがでしたか?
古今東西、多くのミステリ作家が好んで猫を作品に登場させてきました。
作者も読者も魅了する猫ミステリの魅力とはいったいどこにあるのでしょうか。
猫は私たちにとって、とても身近な生き物です。
ミステリに登場する猫の描写に「あるある!」とうなずいてしまった方も多いことでしょう。
それも、猫ミステリが人をひきつける理由のひとつです。
そんな共感を得やすい部分があるいっぽうで、決して本当の気持ちを見せない神秘的なところがあるのも、猫という生き物の本質です。
それは、ラストシーンまで真実を隠し続けるミステリとよく似ています。
ミステリファンは猫と共通するものをミステリに見出しているといえそうです。
また猫は、器用な前足を使って人間によく似た仕草を見せることがあります。
猫の愛くるしい仕草、それをただ愛でるだけでなく「この動作は、何か意味があるのでは?」「何かを伝えようとしているのでは?」そう思ったときに猫ミステリは生まれるのかもしれません。
今回は猫の愛らしさをポイントに、ほっこり笑顔になるような名作を集めてみましたが、猫の魅力はそれだけではありません。
そもそも猫の本来の姿は、身体能力に優れた冷酷なハンター。
獲物を捕まえてもてあそぶ、気まぐれな悪意も猫の魅力のひとつなのです。
ホラーやサスペンスの要素を含んだ作品もぜひ、読んでみてください。
また別の猫の姿が見えてくるはずです。