お酒が入ると饒舌になってしまう人、あなたの周りにいませんか?
おいしいお酒は会話を弾ませるもの。本当なら軽々しく口には出せない話も、ついつい話してしまうかも……?
バー・ミステリとは、そんなバーでの会話を主体にしたミステリのこと。
その場で与えられた情報だけで解決しなければならないため、バー・ミステリは必然的に安楽椅子探偵の要素も備えてきます。
楽しげな雰囲気にもかかわらず、実は純粋な論理性が試されるハイスペックなミステリなのです。
ミステリでいちばん大事なのはロジック!という方にはぜひオススメです。
目次
九つの殺人メルヘン(鯨統一郎)
そのバーの名前は「森へ抜ける道」。
渋谷にある日本酒バーでは、常連客の山内、工藤、そしてマスターの「ヤクドシトリオ」が毎回犯罪談義を繰り広げています。
刑事として働いていたころの、迷宮入り事件の想い出話で盛り上がる彼ら。
ところが、結論が出ようとする瞬間に静かな声が――。
「本当にそうでしょうか?」。
本書は、日本酒好きの女子大生・桜川東子の名推理を描いた連作短編集です。
グリム童話をモチーフにした9つのストーリーには、どれも本格的なアリバイトリックが用いられています。
グリム童話の新解釈を組み込んだアリバイ崩しは、実際の事件とメルヘンがオーバーラップして二重にスリリング。
中年トリオの向こうを張って、お嬢様探偵・桜川東子の推理が冴えわたります。
また毎回序盤に挟まれる、物語とまったく関係ない雑談もバー・ミステリらしいお楽しみのひとつ。
日本酒のウンチクや昭和の懐かしい話など、いかにも40代男性がバーで語りそうな話題に思わず笑ってしまいます。
随所にちりばめられた小ネタから最終話の驚きの真相まで、たっぷり楽しめるバー・ミステリです。
マジックバーでは謎解きを(光野鈴)
近年人気を集めている、お酒と手品を同時に楽しめるマジック・バー。
そんなマジック・バーを舞台にしているのが本書です。
とあるビルの3階にあるマジック・バー「ファンタンドミノ」。
その店はかつて伝説のマジシャンといわれた小鳥遊丈佳が所有していた店でした。
しかし彼は突然姿を消し、代わって今は美しい女性オーナーが切り盛りしています。
主人公の麻耶新二は舞台で失敗し、マジシャンとしての自分に疑問を感じて、師匠である小鳥遊丈佳が経営していたというこの店を訪れます。
バーを訪れる客たちとのふれあい、師匠が残した謎のメッセージ。
この店で、最後に彼がみつけたものは……?
基本的には「嘘」であるマジック。
嘘で人を楽しませるマジシャンたちの姿には、優しさと同時にどこか悲しさが漂います。
サブタイトルの「麻耶新二と優しい嘘」の意味が心にしみる、優しいミステリです。
時鐘館の殺人(今邑彩)
表題作をはじめ、ギミックにあふれた短編ばかりを集めた短編集です。
その中の一短編「生ける屍」をバー・ミステリとしてご紹介します。
バー「生ける屍」のママは、経歴不詳のミステリアスな女性。
「自分は生ける屍」と言い切り、店の名前まで「生ける屍」にしてしまうほどの変わり者です。
そんなママのバーに、新人作家と編集者が奇妙な話をもって現れます。
少し前に起きた殺人事件で、まさに「生ける屍」としかいいようのないことが起きたというのです。
被害者は首を絞められて死んでいたのですが、その首に残っていた指紋は、先に死んでいたもう1人の被害者のものだったのです。
さらに、その時間には死んでいたはずの被害者は自宅で目撃されていました。
本当に屍が生き返って、自分を殺した相手に復讐したのでしょうか?
興味本位で謎をもちかける客と、珍推理をクールに粉砕するママの間でかわされるウィットに富んだ会話は、まさにバー・ミステリの醍醐味。
カウンターを挟んでぶつかり合う推理合戦、そして戦慄のラストと短編ながら中身の濃い一編です。
隅の老人の事件簿(バロネス・オルツィ
本作の舞台はバーではありませんが、飲食店という大きなくくりに入ること、また会話による推理劇というスタイルが共通しているという点でバー・ミステリに準じる存在といえます。
なお、この作品で著者は「安楽椅子探偵の先駆者」と呼ばれるようになりました。
「隅の老人」は職業も出身地も不明、名前さえわからないという、名探偵としては非常に特異なキャラクターです。
わかっているのは、いつも同じカフェの隅の席にいるということだけ。
そんな謎だらけの老人が探偵役を務めるのに対し、ワトソン役はしっかり者の女性記者ポリー・バートン。
2人はロンドンのカフェ、エアレイテッド・ブレッド・カンパニー(通称ABCカフェ)で出会います。
過去の未解決事件の真相(と思われる推測)をとうとうと語る老人に、ポリーは職業的な興味をひかれていきます。
ネタに困るとつい老人を訪ねてしまうようになったポリー。
そんな彼女に、数々の名推理を披露する老人。
奇妙な2人の間柄と語りのスリルが推理を盛り上げる、古典の名作です。
白鹿亭綺譚(アーサー・C・クラーク)
お酒と会話を楽しむ場所といえばバーですが、イギリスのミステリでその役目をするのはパブ。
常連ばかりの気楽な環境の中では、思わず話も弾んでしまうというものです。
イギリスのSF作家アーサー・C・クラークは、いかにもイギリス人らしくパブを舞台にしたSFミステリ「白鹿亭綺譚」を書いています。
SFともミステリともつかない本作は、確かに「奇譚」としかいいようがありません。
ひとことでいえば酒場で酔っ払いがホラを吹く話なのですが、原子物理学が出てきたり、珍妙な新発明が出てきたり、とにかく分類が難しい作品なのです。
日本でいえば江戸っ子というところでしょうか、ロンドンの下町っ子たちの会話は粋で威勢がよく、誰もがツッコミ上手。
軽妙な会話がなんとも心地よく、パブのトラディショナルな雰囲気も存分に楽しむことができる愉快な作品です。
著者はSFだけでなくノンフィクションやエッセイの著作もある多彩な人物。
本書も、その幅広い作風を示すものです。
ハードSFの巨匠という顔からは想像もできない「奇譚」という言葉がそれを証明しています。
話の内容はSF的であっても、皮肉のきいた結末やあっと驚くどんでん返しはミステリとも共通するもの。
怜悧な論理性の中にイギリスらしいユーモアのセンスも備えた本書は、ミステリファンにもぜひ読んでほしい良書です。
黒後家蜘蛛の会(アイザック・アシモフ)
クラークと同じSF作家でありながら、ユーモアにあふれたミステリも多く執筆したアシモフ。
SF作家らしい論理性と豊富な知識が、ミステリ作品にも活かされています。
そんなアシモフの「黒後家蜘蛛の会」は、謎を愛する6人のスペシャリストたちを主人公にした短編集です。
バーではなくレストランが舞台になっていますが、雰囲気はまさにバー・ミステリ。
推理合戦のスリルも味わえる良作です。
作家や弁護士、化学者など、専門的な知識と好奇心を持ち合わせた男たちが主催する「黒後家蜘蛛の会」。
ニューヨークのレストランで定期的に集まり、持ち回りのホスト役がとっておきの謎を披露する、というのが彼らの習慣です。
ホスト役が、これは解けまいと自信をもって提出する謎をめぐって、会員たちの間でさまざまな推測が繰り広げられます。
意外な解決をみた謎もあり、ちょっと意地悪な謎もあり、毎回ありとあらゆるパターンの「謎」を集めたこのシリーズは、なんと60編以上を数えるロングシリーズになりました。
その魅力は、複数の登場人物がひとつの謎をめぐって議論を戦わせるスタイル。
スペシャリストたちがそれぞれの立場で意見を述べるスタイルには、真相とは別に多重解決の面白さがあります。
会員たちの珍推理が飛び交う中、彼らに料理を提供する係のヘンリーが「恐れながら」といいながら真相をズバリとついてしまうというのも毎回のお約束です。
お酒と会話とミステリと
バー・ミステリの世界、いかがでしたか?
会話で進んでいく形式のミステリには、バーという舞台装置が最適。
おいしいお酒とおつまみ、それに上質な謎があれば最高です。
おいしいお酒があれば満足な方も、お酒は飲めないけど推理は大好き!という方も、それぞれに楽しめるバー・ミステリで楽しい夜をお過ごしください。