小説を読むとき、頭の中で場面を想像しながら読む方も多いかと思います。
想像力を駆使して自分だけの主人公を作り出すのは、活字というメディアだからこそできる楽しみ方です。
そんな活字作品がもし映像化されたら?
興味をもつ人もいれば、「絶対イヤ!」「イメージを崩さないで!」という人もいるでしょう。
イメージは読んだ人の数だけ存在するもの。
自分が想像したイメージと、映像化された作品のイメージがぴったり合うことはそうそうありません。
とくに、名探偵という強烈なキャラクターをもつミステリ小説では、その差は大きなものとなります。
ここでは、今までに映像化された本格ミステリの中からいくつかの作品をピックアップしてみました。
主人公の特異なキャラクター、想像の中だけで作られた実現不可能な大トリック……。
ミステリ小説ならではの実写化の難しさを、映像制作側はどう乗り越えているのでしょうか?
臨床犯罪学者 火村英生の推理(2016年)
2016年に全10話のテレビシリーズとして製作されました。
原作は、有栖川有栖の「火村&アリス」シリーズ。
新本格のトップランナーであり、軽妙な書き口のエッセイや本格ミステリ研究でも人気を集める有栖川有栖の代表作です。
英都大学社会学部準教授・火村英生を探偵役に著者と同名の推理作家が語り手を務める同シリーズ。
息の長いシリーズだけに熱烈な固定ファンも多く、読者の中でできあがっているイメージにどう合わせてくるかが話題になりました。
注目のキャストは、火村役に斎藤工、アリス役に窪田正孝と小説よりもやや若々しい印象に。
原作よりも2人の対比をより強く出し、火村は心の闇を背負った男、アリスは人の善意を信じる天真爛漫なキャラクターとして描かれました。
ストーリーは、「絶叫城殺人事件」や「朱色の研究」「ロジカル・デスゲーム」といった作品をベースにしながら、ドラマオリジナルの「カルト教団の教主と火村との対決」といった要素が盛り込まれ、一話完結の短編の形をとりつつ最終回まで一本の筋書きが通ったものとなっています。
ほかにもオリジナル要素として、火村が毎回「この犯罪は美しくない」と原作にない決め台詞をつぶやくなど、原作との相違が多くファンの間でも評価がわかれました。
シリーズとしてまとめるためのオリジナル演出が「過剰である」「原作の雰囲気とそぐわない」と批判されるいっぽう、「トリックなど大筋では齟齬がなければオリジナル要素は歓迎」という意見もあり、まさに十人十色のドラマといえます。
なおファンに嬉しい要素として、火村の愛猫桃ちゃんもドラマに登場。
熱心な准教授ファン、そして猫好きさんも満足の粋な演出です。
容疑者Xの献身(2008年)
原作は、いまやミステリ界を代表するヒットメーカーとなった東野圭吾の小説。
2005年の作品で、同年の直木賞と本格ミステリー大賞を獲得、さらに「このミステリーがすごい!」「週間文春ミステリベスト10」など各年間ランキングでも1位になった大ヒット作です。
テレビドラマ「ガリレオ」シリーズの映画版として、テレビ版と同一のスタッフとキャストで製作されました。
意外なことに、主人公の湯川を演じた福山雅治はこの作品が映画初主演作。
ドラマに引き続き、個性的な湯川を演じました。
ストーリーは原作に忠実で、映画化にあたり細かい設定が省略されたり付け足しされたりといった相違はありますが、ほぼ原作通りの展開で再現されています。
完璧なアリバイ工作はそのままに、より人間ドラマの部分を強化し、心を打つ感動作に仕上がりました。
ドラマ化など映像化された作品が多い東野圭吾ですが、その中でもこの作品は特筆すべき大ヒットを記録しました。
ガリレオシリーズのほか「流星の絆」「白夜行」「ナミヤ雑貨店の奇跡」など、映像化された作品の多さからみると、東野作品は映像化がしやすいといえそうです。
理系出身の東野圭吾の魅力は、明快で論理的なトリック。
1+1が必ず2になるように、謎解きで「なるほど!」とすんなり納得できる気持ちよさがあります。
映像化しても「なるほど!」の気持ちよさが変わらないのは、シンプルかつ緻密なトリックであるからこそ。
この作品のメイントリックにも、その魅力が存分に発揮されています。
もうひとつ東野圭吾をオンリーワンの作家にしているのは、人間ドラマの奥深さです。
本作もミステリ小説でありながらトリックに偏重しない人間ドラマが描かれています。
それが大ヒット映画を作った要因のひとつといえるでしょう。
小説でも映画でも変わらない魅力を発揮した、稀有な一作です。
天才探偵ミタライ 傘を折る女(2015年)
本格ミステリ界の重鎮、島田荘司の「御手洗潔シリーズ」より、中編「傘を折る女」(「UFO大通り」所収)のドラマ化です。
フジテレビ系の土曜プレミアムの一作として制作されました。
同シリーズは、発表当時の1980年代からすでに映像化を望む声がありました。
望まれながらも長く映像化が果たせなかった作品のドラマ化ということで、放映前からファンの間で話題に。
強烈な個性をもつ御手洗潔をいったい誰が演じるのか、注目が集まりました。
ファンの期待と不安を背負って発表されたテレビドラマのキャストは、御手洗潔役に玉木宏、石岡和己役に堂本光一という顔ぶれ。
イケメンボイス御手洗と癒し系おっとり男子石岡という、原作ファンを驚かせる異色のコンビとなりました。
イメージ通りかそうでないかはさておき、堂本光一が演じた石岡和己は一部女性層に大好評。
勢いあまって「『異邦の騎士』もぜひこのキャストで!」と無理なお願いの声が上がるほどでした。
「傘を折る女」は御手洗がラジオから流れる情報だけで殺人劇を推理する、いわゆる安楽椅子探偵もの。
巨大な仕掛けを用いた豪快系トリックが多い御手洗潔シリーズの中では、比較的映像化しやすい作品です。
ストーリーが時系列通りであるのもわかりやすく、映像化されても違和感のない自然な仕上がりとなりました。
長身の玉木宏が演じる御手洗も、スマートでハマリ役。
実は原作者・島田荘司指名のキャスティングだった、という話もうなずけます。
姑獲鳥の夏(2005年)
本格ミステリの中でも、この「姑獲鳥の夏」ほど映像化が物議をかもした例はないでしょう。
実質的に映像化不可能なメイントリックをはじめ、個性的すぎるキャラクターをどう再現するのか、ファンの間で話題になりました。
キャストは探偵役の京極堂に堤真一, 語り手である関口巽に永瀬正敏, そして人気キャラクター・榎木津礼次郎には阿部寛というラインナップ。
原作ファンにはいささか違和感を感じさせるものでした。
とくに、原作の「色素が薄い」という描写とまったく逆の結果になった榎木津=阿部寛に、納得できないファンが続出しました。
ほかにも猿顔というにはちょっと微妙な永瀬正敏、京極堂の不思議な空気をまとうにしてはちょっとゴツめの堤真一など、原作とまったく同じイメージを求めるファン、とくに夢見る女性ファンにとっては割り切れないキャストとなりました。
いっぽうでフラットな目で観られる一般読者からは「おおむねイメージ通り」との声もあり、好き嫌いが大きく分かれています。
そしてキャスト以上に話題を呼んだのが、あのメイントリック。
しかし、発表当時多くの読者をのけぞらせた伝説のトリックは十分に再現されず、読者からは「あんなのじゃない」といわれ未読の人には「意味がわからない」といわれる残念な結果になりました。
原作との乖離が大きく、賛否両論のこの作品。
そもそもメイントリックから映像化にはまったく向かないものなのですから、「小説と映画は別のもの」と割り切って楽しむのが賢い方法かもしれません。
結果は賛否両論ですが、とにかく京極夏彦の作品が非常に強いパワーをもっているということだけは確かでしょう。
映像化の際に相性が問われる作家ともいえます。
京極作品はほかにもアニメーションやコミックなどで映像化されています。
「無理やり実写にするよりはアニメのほうがイメージに合うかも」という消極的な意見もあります。
実写でガッカリした方は、アニメで再挑戦してみるのも一興でしょう。
鍵のかかった部屋(2012年)
長編1編と短編集から成る貴志祐介の「防犯探偵」シリーズを原作に、フジテレビ系列の月曜ドラマ・いわゆる月9で全11話の一話完結型ドラマとして放映されました(最終回の「硝子のハンマー」のみ前後編の2回構成)。
主役の榎本径に扮したのは、嵐の大野智。
原作のさらりとした空気の榎本とは少し違う、不思議なキャラクターを好演しました。
ほかには原作で榎本のパートナーとなる弁護士・青砥純子に戸田恵梨香、ドラマオリジナルのキャラクター・芹沢豪に佐藤浩市というキャスティング。
それらのレギュラー陣に加え、一話完結のため、毎回登場するゲスト俳優がストーリーをさらに盛り上げました。
本作の魅力は、なんといっても密室の謎を解く面白さ。
ありとあらゆる密室を網羅した原作の通りに、さまざまなタイプの密室トリックが楽しめます。
榎本径役の大野智が独特な仕草の後「密室は破れました」と名台詞を決めるシーンにワクワクした方も多いことでしょう。
また映像化にあたり、謎解き場面でジオラマを使うというオリジナル演出が登場。
映像の強みを活かして、よりわかりやすい密室トリックの解明を可能にしました。
「映像でみたほうが謎解きがわかりやすい」と好評で、どうやらこの作品は映像化との相性がとてもよかったようです。
なお、全話放送終了後、2014年新春ドラマスペシャルとして特別版も制作されています。
当時出版前だった「鏡の国の殺人」(短編集「ミステリークロック」所収)からアイデアをもってくるなど、ファンには興味深い必見の作品です。
小説と映像の間
人気ミステリ小説の映像化作品5点をご紹介しましたが、いかがだったでしょうか。
原作に忠実な映像化あり、全く違うものになってしまった映像化もあり。
制作側の意図によって、映像化作品もその味わいを変えていきます。
また観る側にもいろいろな事情があります。
映画から先に観て後から原作を読む方もいれば、原作が好きだから映画も見るという方もいるでしょう。
原作と映画、鑑賞する順序次第で互いの印象はずいぶん変わります。
映像化の際によく耳にするのが、原作ファンからの「原作と違う」という批判です。
でも、小説と映像とはもともとまったく別のもの。
違いに腹を立てるよりは、その溝も楽しんでしまってはいかがでしょう。
映像には映像の魅力があり、また小説には叙述トリックをはじめ活字にしかなしえないことがたくさんあります。
映画が好きだから映像化されたものしか見ない、活字好きだからドラマはいっさい見ない、というのはもったいないものです。
映像と小説、どちらも興味をもって楽しめるといいですね。