疲労困憊になるまで運動すると、筋肉がパンパンに張って動かなくなりますよね。
こんなとき「乳酸が溜まって…」なんて言い方しませんか?
一昔前の生理学ではそのような考えが常識化されていましたが、最近の研究では乳酸は疲労の原因ではない、という考え方が主流になっています。
・乳酸は悪者じゃなかったの?
運動をすると筋肉中に乳酸が溜まって、筋肉の収縮運動を妨げる。溜まった乳酸が筋膜の神経を刺激して筋肉痛を発生させる。
乳酸はこれまでこんなことを言われ続け、嫌わてきました。
しかし、近年の研究でこれが濡れ衣だということがわかってきたのです。
確かに運動中に血中の乳酸濃度は上がります。しかし運動をやめると乳酸は急速に減り、運動後30分でかなり低いレベルにまで落ちていきます。
翌日以降に痛みのピークを迎えることの多い筋肉痛の原因が乳酸なのであれば、乳酸濃度はずっと高いままでないとおかしいですよね?
長距離走やサッカーなど長時間の持続的な運動を続けていると筋肉は疲労していきます。
その疲労の原因が乳酸だとすれば運動の後半になればなるほど乳酸は多くなっているはずです。
しかし実際は長時間運動の後半には乳酸はほとんど作られません。
乳酸は筋グリコーゲンを分解してエネルギーを取り出す際に発生するのですが、エネルギー源として優先的に使われる筋グリコーゲンは運動の後半にはほとんど残っていないからです。
ではなぜ乳酸が長らく疲労の原因とされてきたのか。
それは「疲労すると血中の乳酸値が上がる」という大昔のデータに基づくものだったのです。
たしかに運動中の疲労時に血中の乳酸濃度を測れば高い数値を示すでしょう。しかしそれが「乳酸=疲労」となるかどうかは話が別です。
泥棒が入った店にたまたま仕事で出入りしていたから犯人にされてしまった、というようなものです。
疲労時の体の中に乳酸が増えていたという事実が、いつの間にか疲労の原因は乳酸だ、という論理にすり替わってしまったというわけです。
・実際は疲労物質どころかエネルギー源
では乳酸はそんな疑われるようなところで何をしているのか。
人間の身体は運動をするとき、糖を分解してエネルギーを取り出します。
運動に限らず日常から糖や脂肪をエネルギー源として活動しているのですが、運動の強度が上げれば上がるほど、効率の良い糖をエネルギー源としてたくさん使います。
そしてその糖が分解される途中にできるのが乳酸なのです。
ですから運動中に乳酸の濃度が上がるのは当たり前で、エネルギーをたくさん取り出すための過程なのです。
強い力を発揮することのできる速筋繊維で糖を利用した解糖系の反応の際たくさん作られる乳酸は、遅筋繊維に送られてエネルギー源としても利用されています。
筋肉中に乳酸が溜まると筋肉の収縮を妨げるといわれてきましたが、実はそれも逆なのです。
今ではむしろ乳酸があるほうが筋肉内外のイオンバランスや電位差に影響を与えて、持続的に収縮できると言われています。
つまり乳酸は運動した後にできる老廃物として疲労した筋肉の中をうろついているのではなく、運動のエネルギー源として、さらに筋肉の疲労を防いで回復を促すために存在していたのです。
とんだ濡れ衣です。
・黒幕はFF(ファティーグ・ファクター)
乳酸が疲労の原因でないのなら、いったい何が原因なのか。
最近の研究ではFF(ファティーグ・ファクター)といわれるたんぱく質が原因とされています。
これは運動によって体内に増加した活性酸素によって細胞が酸化される際に発生するたんぱく質で、FFの発生により脳へ疲労の信号が送られるということです。
マウスの実験でも正常なマウスにFFを注射したところ、そのマウスの動きが鈍くなることが確認されています。同じ実験を乳酸でやってもそのような変化はないそうです。
このFFは肉体的な疲労だけでなく、精神的な疲労時にも発生することがわかっています。
・その情報は本当ですか?
乳酸に限らず、以前はこう言っていたのに今では完全に否定されて正反対のことが推奨されている、なんてことはそれほど珍しくありません。
医療や生理学の研究は日進月歩で、次から次へと新しい発見がなされています。
ネットが発達した現代ではそういった情報もいち早く得ることができますが、それと同時に真偽のはっきりしない情報も溢れかえっています。
FFの存在が発表されたのは2008年ですが、いまだに乳酸を悪者にした記事は多く見かけます。
新しい情報を見つけて、それを実践したいと思ったときには、まず専門家に相談してからにしましょう。
良くなるはずが悪くなった、なんてことも起こりかねません。